ペペローネのコラム4~JUUDOUと柔道に思うこと・・・~

先の北京オリンピックの柔道で金メダルを取った石井選手がプロ格闘家への転向というニュースを耳にしました。
以前から噂はあったので驚きはしなかったのですが、私が彼に興味をもったのはその柔道スタイルだ。
日本で生まれた柔道というものが時を経てインターナショナルになり勝敗を競う競技制の強いものになり 今日柔道をやる者は柔道家というよりJUUDOUアスリートといった感じがする、勿論格闘技であるから勝敗に拘るのは当たり前であるし現代のあらゆる競技スポーツにサイエンスは不可欠なものになっていることも考えればそれも当然のことなのだろう。しかし我々日本人は一本を取りにいくという日本的本来の柔道が勝利した時、礼に始まり礼に終わるという柔道家の面影を感じ胸のすくような思いになったりする。しかし現実は、なかなかそのようなシーンを見ることは少なくなっているというのが一本を取りにいく柔道の勝敗における現状なのでしょう。

石井選手はオリンピックで金メダルを取るためには、一本をとりにいく柔道ではなくインターナショナルJUUDOUを身につけることを選択し勝利したという。彼の性格や才能がそのスタイルに合っていたことも事実だろう。
ちなみに彼は大相撲の朝青龍が大好きなようだ。石井選手が持っている才能を生かし北京で金メダルを取るという目標に対しては一番確率の高い方向だったのだと思う。そして血のにじむ努力があって勝利したわけだから大変立派なことで尊敬に値するには違い無いのです。

柔道に詳しいわけでもないし強くもない私のような者が何を解った様なことを と言われそうで、そのとおりなのですが、学生時代私は東海大学体育学部の陸上競技部に在籍し後に 高野進・伊東浩二・末績慎吾・塚原直貴  といったオリンピック選手を輩出した短距離ブロックのブロックチーフをやっていました、私はオリンピックに出られるような強い選手ではありませんでしたが健康のためではなく勝利することが目的のチャンピョンシップスポーツというものがどういうものでオリンピックに出場することがどんなに大変ですごい事なのかは多少解っているつもりでいるのでそんな奴の勝手な言いぐさだとあらかじめご理解をお願いします。話を元にもどしますが、柔道あるいはスポーツ一般に限らずあらゆることにはその本質に対し正しい事、または正しいとされている事、モラル、マナーも含めそこのところを尊重して事をはこび、成し遂げようとする美学もある。しかし早く結果を出すことが求められ結果のみが評価の対象になりがちな今日なかなか美学などと言ってはいられないのが現実だろう。世界で一番競技人口の多いサッカー、特に世界のプロサッカーのスタンダードを見た時、高い技術とタフな身体に裏付けられた素晴らしいプレーの裏で審判に分からないように相手のユニフォームを引っ張ってプレーを邪魔したり時間稼ぎをしてみたりと,おおよそ正々堂々としたスポーツ本来の精神とはかけ離れているがチームも個人もこのようなシタタカサを身につけなければ生き残れない。

ひょっとしたら利害の絡んだ世界の全ての動き、政治も経済も金融も会社経営も物作りも物売りも人間関係もが同じようなものではないかと思えてくる。しかし方針とか政策・戦略などを決める時の基準があまりに利害に偏りすぎ、モラルに欠けるようなことが当たり前になってきてしまったら広くは世界平和なんてたてまえだけになり、人間関係も敬白を極め人を信じられなくなり一部の人達が一時期だけいい思いをするが結局自分で自分の首をしめてしまい決して世の中が良い方向に向かうとは思へない、言い換えれば人の心が住みにくくそれぞれの人生が豊かなものでなくなる方向に突き進んでしまうような恐ろしさを感じる。

とは言うものの私どもの業界も食材の高等、安全、社会経済の景気など取り巻く状況は決して甘くなく資本力の弱い小規模店はいつ消えてもおかしくない中で、生き残りを賭け創意工夫をし方針、企画を練り調理技術の向上にも努力をする。しばらく様子を見てまた考えるといったことの繰り返しなわけですが、考え方として、負けてもいいから一本をとりにいったり、正々堂々とフェアプレイで拍手を貰って退くわけにはいかない訳で、利益を生み出すという企業究極の目的と共にいかにして常連のお客様には飽きられず,新しいお客様には当店本来の魅力を解っていただきたい、一度も来た事のない人にはどうアピールすべきか、イタリア料理自体の認識をどう正していくか、存在価値を高めニノ・ペペローネガ在って良かったと思っていただき、良識ある多くの方の人生に貢献したい、自分自身も悟りとまではいかなくても何か答を見い出し成長したい、等々いろいろあるわけですが、勝ちたいあまりモラルに欠ける行為は自分の首をいずれ絞めてしまうことと認識している。

礼儀正しくモラル、マナーに厳しく正々堂々と筋の通った日本人が少なくなったと嘆かれる節も多いのですが、国際化が叫ばれ世界に目を向け国際感覚を持つことが大切と若者は教えられてきたわけです。
その果て世界のスタンダードが、ものまね上手で本質を見失いがちな日本人を飲み込んでしまったのではないかと思う。でも本当の国際人と成るなら無国籍な影の薄い国際人ではなく、日本という国の確固たる主張あるナショナリティーを持った上で、それらを世界のスタンダードに反映させて初めて個人も集団も国もインターナショナルに成立するものではないだろうか。私が目指すイタリア料理はそういうもので、イタリアっぽいだけのものまねでもなく、いたずらに日本人に合わせようとしたものでもなくイタリア料理の本質を大切にし日本人たる私のモラルとイタリア料理の理解が根底になったものだと思うが、まだまだ修業・勉強が足りずとても到達には至ていない。

2008/11